2026/07/27 14:11

「催花雨(さいかう)」。桜や梅など、春の花の開花を促すように降る雨のことです。「催」という字には、「うながす」「きっかけをつくる」という意味があります。
暖かな雨が静かに花へ降り注ぎ、蕾が少しずつ開いていくように。一杯のコーヒーも、誰かにとって新しい世界と出会うきっかけになれたら。
毎日コーヒーを飲んでいる。
カフェにもよく行く。
でも、スペシャルティコーヒーになると少し難しく感じてしまう。
「チェリー」「ブラックカラント」「ブラウンシュガー」。
「ティーライク」「シルキー」。
フレーバーカードに並ぶ言葉を見ても、「本当にそんな味がするの?」と思ったことがある方も多いのではないでしょうか。
実際、友人からもそんな声をよく聞きます。でも、それでいいと思っています。
コーヒーはテストではありません。
フレーバーを言い当てることが目的でもありません。
「今日は少しオレンジみたい。」
「昨日より甘く感じる。」
「なんだか紅茶みたいで面白い。」
そんな小さな発見があるだけで、コーヒーはもっと楽しくなります。そして、その小さな発見を生み出す大切な仕事のひとつが、焙煎です。

コーヒーの味わいは、生産国や品種、標高、精製方法など、生豆そのものが持つ個性によって大きく決まります。だから焙煎は、ゼロから味を作り出す魔法ではありません。
私たちが目指しているのは、その豆が本来持っている魅力を、一番自然な形で届けることです。
柑橘のような爽やかさ。
完熟した果実を思わせる甘さ。
透き通るような質感。
心地よく続く余韻。
それらは焙煎で作るものではなく、もともと豆の中に眠っている個性です。焙煎とは、その個性をそっと目覚めさせる仕事だと考えています。
そのため催花雨では、一つの焙煎方法をすべての豆に当てはめることはありません。
豆によって、水分量や密度は変わります。
精製方法が違えば、熱の伝わり方も変わります。
同じ農園、同じ品種であっても、その年の気候によって理想の焙煎は変わります。
だから、火力や風量、投入温度、温度変化の設計まで、一つひとつの豆に合わせて組み立てています。
ほんの数℃の違いや数十秒の差で、甘さが霞んでしまうこともあれば、果実味がより生き生きと感じられることもあります。
だから何度も焙煎し、何度も味を確かめます。技術を見せたいからではありません。
その豆が「一番その豆らしく」感じられる一杯を届けたいからです。

私たちは、「このコーヒーはこう飲むべきです」とは言いたくありません。
「ブラックカラントを感じてください。」
「これは白ぶどうです。」
そんな正解を探すよりも、
「なんだか好き。」
「今日はいつもより甘く感じる。」
「このコーヒー、また飲みたい。」
そう感じてもらえたら、それが何より嬉しい。味わいは、人それぞれ違っていい。感じ方も、その日の気分によって変わっていい。だからスペシャルティコーヒーは面白いのだと思います。
催花雨は、誰かにコーヒーを教えるためのお店ではありません。
一杯のコーヒーをきっかけに、
新しい味わいと出会うこと。
知らなかった産地を知ること。
お気に入りの農園を見つけること。
そして、コーヒーの世界が少しずつ広がっていくこと。
そんな小さな"きっかけ"を届けられる存在でありたいと思っています。
春の雨が花を咲かせるように。
催花雨のコーヒーが、誰かの毎日に小さな発見を運び、新しい世界への扉を開く一杯になれたなら。
それは、焙煎士として何より嬉しいことです。
